西陣麦酒について

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HEROESの活動風景

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2021年

4月

28日

エール

6年前のある日の事、私は一本のお電話をお受けしました。

とても穏やかで優しいお声が受話器を通して聴こえてきました。

「●●(町名)の佐々木ですが、松尾さんはおられますか?」

始めは、佐々木さんって誰だったかな?

一瞬、考えました。

でも、すぐにピン!ときました!

きっと佐々木先生、いや絶対そうに違いない、と。

 

あいにく松尾は不在、内心かなり焦りました。

が、折り返しお電話させていただきます、と返答しました。

僅か数分のやり取りでしたが、電話を終えて手に汗が…。

かなり、緊張していたようでした。

 

6年前、佐々木正美先生をお招きして、記念講演会を開催しました。

全国から約760名の大勢の方々にご参加いただきました。

この時の受講料が出発資金の一部となり、西陣麦酒が生まれました。

今回、西陣麦酒3周年を記念した限定醸造ビール&DVDが発売されました。

設立に際して応援してくださった佐々木正美先生への感謝のエール。

「MASAMI ALE」です。

 

連日、皆で発送業務に取り掛かりました。

醸造、充填、運搬、ラベル貼り作業は大忙しでした。

更に、箱詰めや発送に関わる作業、宛名シール貼りやチラシ折りや封入など。

様々な工程を、皆さんの得意や強みを生かして作業を進めました。

そして、利用者・スタッフ一丸となり、無事発送を完了しました。

 

今回の限定ビール発売を機に、再び佐々木先生からエールをいただけたと感じています。

そして、私達も皆さんに「MASAMI ALE」を通してエールを送りたいと思います。

 

2021年度、HEROESは8年目を迎えます。

西陣麦酒は、4年目を迎えます。

今年度も、何卒よろしくお願い致します!

 

石田好美

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2021年

3月

26日

「ルーツと食文化」

 私の幼少期は父親の仕事の関係で引っ越しが多く、幼稚園を2つ、小学校を4つ通うというまさに「転勤族」の家庭でした。年数で言えばほぼ京都育ちなのですが、小さい頃は毎年夏に大分の祖父母の家に遊びに行っていたので、住んだことはないのですが、何となく九州、特に大分県には懐かしさ、故郷のような感覚を覚えています。ちなみにDNA的にといいますか、ルーツでいうと父が福岡で、母が大分です。 

 

さて、前回担当した記事にもありましたように、発酵食品、発酵食文化に数年前からハマり、今に至るのですが、京都は嵐山に「発酵食堂カモシカ」さんというお店があります。全メニューが発酵食をテーマに彩られていまして、オープン当初から何度も足を運び顔まで覚えられるようになりました。毎回「発酵8種定食」を注文し、私の全細胞が喜びの声をあげるのですが、まさに「最後の晩餐に選ぶ食事堂々第一位」の認定をしています。最近は「もっと生きて食べたい、生きる力が湧き出る食事堂々第一位」にシフトしています。 

 

どうしてこんなに心も体も反応する程美味しいのかなと考えた時に、もちろん美味しいからなのですが、プラス要素で、使われている発酵調味料に「大分産」のものが結構あることに気づきました。例えば特に「醤(ひしお)」は大分県日田市で最も古く明治32年より本社を置く「合名会社まるはら」さんの「にくしょう」。鶏のレバー・心臓と食塩のみで造られるこの製品は、まさに濃厚な旨味をビシバシと我々の味覚にぶつけてくれます。 

 

いわばDNA的に呼び起こされるルーツが細胞を通じて訴えかけているのではないか、と思いながら食べると、より味わいに深みがでるような、そんな気がします。また、以前母親に聞いたのですが、曽祖父の実家が昔、醬油蔵だったと聞かされた時は目に見えないご縁を感じました。まさに菌に呼ばれているのかもしれません…?今後も遠く離れたもう一つの故郷の味を、文化を取り入れては楽しみたいと思います。

 

 

林田

 

2021年

3月

10日

支援者としてパート②

 この春、私の次男は小学校の特別支援学級に入学する。次男は自閉症スペクトラム障害と診断され、この一年間、本人は毎週一回療育教室に通い、小学校入学に向けて専門的な支援を受けていた。親も主治医との面談や相談員とのモニタリング面談、療育教室のモニ

タリング面談、関係機関の連携会議、小学校入学に向けての教育相談などに様々な「面談」や「会議」に参加させていただいた。一人の子どものためにたくさんの方が関わり、次男の“これから”について真剣に考えてくださっていることに感謝の気持ちでいっぱいである。

 次男が小学校の特別支援学級に通うことは夫婦でよく相談し、本人のために最もよい選択だと思っているが、不安もないわけではない。我が家は共働きなので、18時頃までどこかに預かっていただくことが必要であるが、これまでは保育園が預かってくれていた。しかし、小学校からの放課後の過ごしは、基本的に学童保育か放課後デイサービスになる。

私が住んでいる街の放課後デイサービスは数が少なく、基本的にどこも定員が超過している。一つの事業所を毎日利用することは難しく、複数の事業所を日替わりで利用し、学童保育も利用して、一週間を乗り切ることが私の住んでいる街の“あたりまえ”のようである。

私が住んでいる街(日本全国同じ状況かもしれないが)では、見通しが持ちづらく、変化に弱い特性がある子どもが、その“あたりまえ”の中で生活しなければならないことを改めて思い知らされた。

支援を必要とする人がそんな状況の中で少しでも安心して毎日を過ごせるように、支援者としてなにをしなければならないのか。次男を通じて考えさせられている。

※画像は兄と一緒に映画を見に行った時のものです(本人左)

 

石田將人

HEROES